飯田 哲也 第17回 経産省「蓄電池・電源産業戦略」を検証する ──世界の競争地図とLFP不在の日本

2026.08.04 コラム トピックス

経済産業省は2026年6月2日、「蓄電池産業戦略」を「蓄電池・電源産業戦略」に改訂した。全固体電池への一本足打法を修正し、定置用蓄電池やAIデータセンターまで射程を広げた点は前進である。しかし世界の主戦場は、すでにLFP(リン酸鉄リチウム)の標準化という形で塗り替えられている。改訂戦略がこの現実とどれだけ向き合えているかを、世界の競争地図の変化と日本の立ち位置から検証する。


1.改訂の前進と、変わらない死角


2022年版の「蓄電池産業戦略」は全固体電池への集中投資が中心だったが、今回の改訂は表題を「蓄電池」から「蓄電池・電源」に広げ、電源システム・パワー密度・AIデータセンター向けバックアップ電源・重要インフラまで射程を拡張した。国内製造基盤の達成時期も、2022年版の「2030年まで」から「2030年代半ば」へと、EV市場の減速という現実を踏まえて後ろ倒しされている(表1)。

もう一つの変化が見落とされやすい。「グローバルプレゼンスの確保」の目標が、2030年に世界市場で製造能力600GWh/年を確保するというシェアベースの指標から、2025年から2035年の10年で日本企業の蓄電池関連売上高を3倍の約5兆円に伸ばすという売上高ベースの指標に転換されたのだ[1]。市場の縮小・変動を踏まえた現実適応として評価できる[2]。NITEガイドライン・JET認証・JC-STARラベリングといった安全性・信頼性を市場の評価軸にしようとする方向性も、日本が取り得る非価格競争軸として意味がある。ただし、JC-STARは2027年4月から系統連系の必須要件となる見通しだが、SMAやHuaweiなど海外メーカーも認証取得に動いており、保護効果は短期的・限定的とみられる[3]

しかし、LFPの位置づけは変わっていない。戦略文書では依然「コスト重視の安価な系」として参考資料に登場するだけで、技術ロードマップの主眼は三元系のハイニッケル化・ハイマンガン化に置かれたままである。

表1 経産省「蓄電池・電源産業戦略」目標の新旧比較

目標2022年版2026年改訂版
国内製造基盤2030年までに150GWh/年2030年代半ばに150GWh/年
グローバルプレゼンス2030年に世界製造能力600GWh/年(シェアベース)2025→2035年に売上高を3倍の約5兆円に(売上高ベース)
次世代電池全固体電池への集中投資全固体は方針継続。射程をAIデータセンター等へ拡大
(出典)経済産業省「蓄電池・電源産業戦略」蓄電池産業戦略推進会議(第8回)2026年6月2日をもとに作成。


2.LFPは「安い電池」ではなく、標準電池になった


IEA「Global EV Outlook 2026」によれば、2025年時点でLFPは世界のEV用電池の55%以上を占め、定置用蓄電池(ESS)市場では90%以上を支配する[1]。市場規模も2025年の422億ドルから2033年には1,168億ドルへ、年率13.6%で拡大する見通しだ。LMFP(リン酸マンガン鉄リチウム)も2025年の48億ドルから2034年には226億ドルへ、年率18.8%で成長するとされる[1]

これは「安価な代替品への妥協」ではない。CTP(セル・トゥ・パック)技術の革新でLFPの体積エネルギー密度の弱点が克服され、車両プラットフォーム全体としての最適化が完了した、戦略的転換の結果である。CATLが2026年4月に発表した第3世代「神行(Shenxing)」は、充電率10%から98%への充電を6分27秒で完了させる[2]。内燃機関車の給油時間に近づく数字だ。BYDも「第2世代ブレードバッテリー」でLMFP化を進め、急速充電技術により10%から97%までを9分で充電するという。中国国内のLFPパックコストは84ドル/kWhまで下がり、前年比で13%減少した[3]。コバルトもニッケルも使わない鉄系・マンガン鉄系の技術は、もはや妥協の選択ではなく技術競争の最前線に立っている。

象徴的なのが米国の動きである。TeslaとLG Energy Solutionは2026年3月、43億ドルを投じてミシガン州にLFPプリズマティックセルの製造拠点を構築する供給契約を発表した。2027年の生産開始を目指し、大型蓄電システム「Megapack 3」に供給する計画である[4]。IRA見直しや関税という制度的制約をくぐりながら、「LFPを非中国市場で現地生産する」流れが、日本の頭上で加速している。


3.10年で反転した世界の競争地図


SNE Researchの最新データ(2026年1〜4月)によれば、CATLの世界シェアは前年同期の38.1%から40.1%へ拡大した。BYDは14.2%。中国企業トップ10社だけで世界市場の72.2%を握っている。パナソニックは3.4%まで低下した[5](図1)。2014年時点でパナソニックは38%のシェアを持ち、CATLのシェアはゼロだった。10年余りで勢力図は完全に反転したことになる。

図1 車載電池メーカーの世界シェア変遷(2014年〜2026年1-4月)

(出典)2014-2024年:Evobsession, EV Sales, CnEVPost等(バッテリー・ディケイド第2回より)。2026年1-4月:CnEVPost、SNE Research。

非中国市場でも同じ構図が進む。CATLは非中国市場で前年比36.0%増の54.9GWhを記録し、シェアを33.8%に伸ばしてトップを独走する。一方、韓国勢(LGエナジーソリューション・SKオン・Samsung SDI)は非中国市場でシェアを8.5ポイント落とし28.7%に後退した[1]。北米・欧州OEMのEV販売鈍化の直撃を受けた結果である。

この反転は、太陽光パネルで起きたことと相似形だ。2000年代初頭、日本はシャープ・京セラ・三洋電機を擁し世界シェア首位を走っていたが、中国メーカーの大量生産による価格破壊で主要メーカーはほぼ撤退し、現在は中国が世界の80%以上を供給している。蓄電池でも、安さは「妥協」ではなく市場そのものを作り直す力として働いている。CATLやBYDの製品はすでに欧州の安全基準をクリアしており、安全性は差別化要因ではなく市場参入の最低要件に変質した。顧客が問うのは「安全でありながら、いかに安く、充電が早いか」である。CATLは2026

年6月4日、ロイター通信に対し「2030年にはエネルギー貯蔵が世界売上の半分になる」と語った[1]。競争地図の塗り替えは、車載用だけでなく定置用蓄電池の分野でも、中国主導で進みつつある。


4.「LFP不在」の日本


世界の主要地域は、それぞれの形でLFP・LMFPへの足場を築いている(表2)。中国はCATL・BYDが量産規模で主導し、米国はTesla×LG Energy Solutionが現地生産に踏み出した。韓国のL&FはLMFP量産化を進めている。

欧州では2025年に経営破綻したNorthvoltの旧スウェーデン施設を、米Lytenが2026年2月に承継し、NMC系セルで再稼働を予定する[1]——独自のLFP量産計画は確認できない。

表2 主要地域のLFP・LMFP量産投資の動き(2026年時点)

地域 動き
中国CATL・BYDが量産規模で主導。世界シェアの72.2%を中国企業上位10社が占有
米国Tesla×LG Energy Solutionが43億ドルでミシガン州にLFP工場(2027年稼働)
韓国L&FがLMFP量産化を推進
欧州破綻したNorthvoltの旧施設をLytenが承継、NMC系で再稼働予定。独自のLFP量産計画は確認されていない
日本具体的なLFP/LMFP量産投資の発表は見当たらない
(出典)各社発表・各種報道をもとに作成。

日本の経産省の戦略文書にも、LFPを国内製造基盤の中心に据える記述はない。三元系の高性能化で勝負する方針は、世界の標準電池がすでにLFPに移った市場では、戦う場所を自ら狭めることになりかねない。中国がLFP/LMFP正極材製造技術を2025年7月に輸出制限技術へ指定したことを踏まえれば[1]、「いつか追いつく」という前提も楽観的すぎる。鉱物資源の確保だけでなく、量産技術そのものへのアクセスが先細りしつつあるからだ。


5.おわりに

経産省の改訂戦略は、射程の広さと目標設定の現実性では前進した。しかし、世界の競争地図を塗り替えたのがLFPであるという認識が、戦略の中核にはまだ反映されていない。

次の改訂で問われるべきは、2030年代の全固体電池をどう育てるかという話の前に、2026年にすでに標準電池となったLFP・LMFPへ、日本がどの形で参入するかである。中国が先行しているのは事実だが、Teslaが選んだような非中国市場での現地生産という道は、日本の素材・製造装置・BMS技術と組み合わせる余地を残している。空白を空白のままにしておく時間は、もう長くない。バッテリー・ディケイドの競争地図は、日本から中国へと、すでに一度反転した。日本が再びその反転を起こすためには、戦略を抜本的にアップデートする必要がある。


[1]経済産業省「蓄電池・電源産業戦略」蓄電池産業戦略推進会議(第8回)2026年6月2日 https://www.meti.go.jp/press/2026/06/20260602001/20260602001.html
[2]前掲注1に同じ。
[3]JC-STAR(サイバーセキュリティ要件制度)は2027年4月から系統連系の必須条件となる見通し。SMA・Huawei等の海外メーカーも認証取得に向けて動いている https://splight.co.jp/wp/oshirase/jc-star-iot-security-2026/
[4]IEA, Global EV Outlook 2026 ― Electric Vehicle Batteries, 2026年(LFPがEV用電池の55%以上、ESS市場の90%以上を占めるとするデータの出典) https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2026/electric-vehicle-batteries
[5]LFP・LMFPの市場規模予測はGrand View Research、Dataintelo等の調査会社による二次資料を含む推計値。記事化の際はIEA・BNEF等の一次資料との照合を推奨
[6]CATL, “6大イノベーションを発表:新エネルギーのモビリティ体験を再定義するマルチケミストリーシステム”, PR Newswire, 2026年4月27日 https://www.prnewswire.com/jp/news-releases/catl6-302754460.html
[7]Batteries International, “Lithium battery packs to breach $100 per kWh”, 2026年(中国国内LFPパック84ドル/kWhの出典) https://www.batteriesinternational.com/news/lithium-battery-packs-to-breach-100-per-kwh/
[8]LG Energy Solution・Teslaの43億ドルLFPプリズマティックセル供給契約(ミシガン州ランシング工場、2027年生産開始)。2026年3月17日発表 https://www.cbtnews.com/tesla-to-build-4-3-billion-battery-plant/
[9]CnEVPost, “Global EV battery market share in January-April 2026”, 2026年6月2日(CATL 40.1%・BYD 14.2%・パナソニック3.4%・中国メーカー上位10社合計72.2%の出典)。非中国市場データはSNE Researchによる https://cnevpost.com/2026/06/02/global-ev-battery-market-share-jan-apr-2026/
[10]前掲注9に同じ。非中国市場でのCATL・韓国勢のシェア変化についてのデータによる。
[11]Reuters, “Chinese battery maker CATL expects energy storage to make up half of global sales by 2030”, 2026年6月4日
[12]Lyten, “Lyten Completes Acquisition of Northvolt Sweden”, 2026年2月27日(Northvoltは2025年3月に経営破綻。Lytenが旧スウェーデン施設を承継し、NMC系セルで再稼働予定) https://www.electrive.com/2026/02/27/lyten-completes-acquisition-of-swedish-northvolt-units/
[13]中国国務院新聞弁公室、輸出管理対象技術カタログの改訂発表、2025716日(LFP/LMFP正極材製造技術の輸出制限指定) http://english.scio.gov.cn/m/pressroom/2025-07/16/content_117980520.html

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