飯田 哲也 第13回 電力システム改革制度設計WGとりまとめ(案)をバッテリーの視点から読む〜パブコメで浮かび上がる「制度設計」の誤謬―蓄電池を“需要”にしてよいのか〜
2026.04.01 コラム トピックス今後の電力市場改革の行方を大きく左右する「電力システム改革の検証を踏まえた制度設計WGとりまとめ(案)」(以下、「とりまとめ案」)に対する、パブリックコメントが昨年末から今年1月28日まで、実施された[1]。一見すると、改革10年の総点検を踏まえた“次の一手”である。しかし、蓄電池に注目して読み直すと、そこには日本の制度設計がなお抱える、古い病理が透けて見える――電力を「量(kWh)」でのみ捉え、「時間」と「場所」の価値を二次的に扱う、20世紀型の発想である。
■「量的(kWh)供給能力」義務という、過去への回帰
とりまとめ(案)は、小売電気事業者の供給能力確保義務として「量的な供給力(kWh)の確保」を求める案を掲げ、目的を「需要家に対する安定・継続した電力(kWh)の供給ができる事業環境の実現」と整理したうえで、手段の妥当性も含めて議論継続とする[2]。
だが、この“kWh中心の秩序”は、再エネ主力化と分散化が進む時代に、どこまで有効だろうか。現代の系統が本当に不足しているのは、単なる「総量」ではなく、むしろ「変動を吸収し、瞬時に姿勢制御する能力」――すなわち柔軟性だ。
■蓄電池は“負荷”ではなく、系統の「臓器」である
電力系統を生き物にたとえるなら、周波数は“脈拍”であり、需給調整は“自律神経”だ。蓄電池は単なる電気の貯蔵庫ではない。脈拍が乱れた瞬間に介入し、全身の血流を立て直す「ペースメーカー」であり、危機時には心肺蘇生も担う“臓器”に近い。
にもかかわらず、とりまとめ(案)は「蓄電池等事業者への電気の供給」を“小売供給に類した供給”として系統利用を認めるなど、法解釈の整理を進める[2]。これは前進に見えるが、裏返せば「蓄電池を(制度上)需要の延長として扱う」余地も残す。
ここに落とし穴がある。蓄電池の充電は最終需要ではなく、時間をまたぐ“電力のシフト”だ。これを最終需要と同列に数え、kWh義務の枠に押し込めると、制度が目指す「安定供給」の論理と、蓄電池が提供する「柔軟性」の論理が、すれ違い始める。
■南オーストラリア「危機が生んだ100日の奇跡」
歴史はしばしば、制度を“机上の整合”から救い出す。2016年9月、南オーストラリア州では全州停電が発生し、150万世帯が電気を失った[3]。ここで問われたのは、再エネか火力か、という二項対立ではない。風が吹き、雲が流れ、需要が跳ねる現実のなかで、系統をどう安定させるか――つまり「柔軟性」をどう実装するかだった。
そこで登場したのがホーンズデール(HPR)である。契約から63日で稼働し、当時世界最大級の100MW・129MWhが姿を現した[3]。さらに周波数調整市場(FCAS)のコストは、導入前の月間平均4,800万豪ドルから稼働後3か月で92%減の400万豪ドルへと激減した[3]。
ここで重要なのは、蓄電池が「kWhを供給した」から勝ったのではない、という点だ。勝因は、ミリ秒単位の応答と制御、つまり“時間価値”だった。
■日本の制度に欠ける「時間価値」と「場所価値」
オーストラリアでは、分散資源の統合を前提に制度整備を進め、秒単位計測などの要件を具体化し、さらに高速応答型のFCAS市場も創設して、蓄電池の特性を活かす設計に寄せていった[3]。
翻って日本はどうか。kWh義務は、供給の“量”に責任を持たせるという意味では分かりやすい。だが、蓄電池の価値は「量」より先に「瞬発力」「継続力」「制御力」、そして混雑する地点での“場所価値”として現れる。これらが市場と規律に十分織り込まれないまま、量の責務だけが強化されれば、蓄電池は制度の中心に入れず、周縁の“便利装置”にとどめ置かれかねない。
■代案:kWh義務から「柔軟性の設計」をすべき
では何を提案すべきか。ポイントは単純で、「量の確保」から「柔軟性の確保」へ軸足を移すことだ。
・第一に、蓄電池の充放電がもたらす“時間価値”を、調整力・同時市場・需給運用の設計に明示的に埋め込む。
・第二に、系統混雑の地点で価値が跳ね上がる“場所価値”を、系統ルールと価格シグナルで見える化する。
・第三に、小売の責務を強めるなら、kWhの帳尻合わせではなく、危機時の調達行動・リスク管理・顧客保護(破綻や撤退時の影響最小化)に焦点を当てる[2]。
制度は、未来の技術を“規制で囲い込む”ためにあるのではない。未来の技術が、公共の目的(安定供給・負担抑制・脱炭素)を実現できるように、“通り道を作る”ためにある。
■結び――「形式」ではなく「設計」のパブコメへ
このパブコメが「国民の意見は聞いたという形式的な作業で済まそうとしていることは明白だ」という批判がある[4]。言葉は強いが、突き刺さるのは、制度が“理念の言い換え”にとどまり、系統の現場で効く「設計」へ降りていないからだ。
蓄電池は、電力システム改革の“次の10年”の主役である。ならば問うべきは、「kWhを誰に持たせるか」ではない。「柔軟性を、どう実装するか」――そこに議論の重心を移さなければ、改革は検証ではなく、回帰になってしまう。
[1] e-govパブリックコメント『総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 次世代電力・ガス事業基盤構築小委員会 「電力システム改革の検証を踏まえた制度設計WG とりまとめ(案)」、「次世代の電力システム構築へ向けて 〜中間整理の概要〜 (案)」及び「次世代の電力システム構築へ向けて 〜中間整理〜(案)」に対する意見募集について』
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&Mode=0&id=620225018
[2] 経済産業省「電力システム改革の検証を踏まえた 制度設計WG とりまとめ(案)」第4回 次世代電力・ガス事業基盤構築小委員会 第8回電力システム改革の検証を踏まえた制度設計ワーキンググループ2025年12月10日
[3] バッテリー・ディケイド第5回ホーンズデール〜エネルギー史を塗り替えた系統蓄電池の「始まりの地」 https://grid-ch.jp/topics/889.html
[4] 【原子力資料情報室声明】2026年衆院選 原発の在り方も世に問うべきだ 2026年1月27日 https://cnic.jp/63649
